心血管病に対する薬物療法やインターベンション技術、メカニカルサポートの開発はエビデンスの蓄積をもとに、近年目覚しい進歩を遂げています。しかしながら、いかなる最先端治療をもってしても改善しない難治性心疾患は未だに存在します。重症心疾患の原因となりうる基礎心疾患は多岐に及びますが、その病態生理の根幹をなすものは心臓エネルギー代謝異常であるといっても過言ではありません。病的状態にある心臓は脂肪酸代謝から、エネルギー産生効率の点で化学量論的により有利な糖代謝へのsubstrate switchingを試みます。しかしながら、重症の不全心はインスリン抵抗性となり、糖の利用障害が起こることで、<エネルギー飢餓状態>にあると考えられます。従って、心筋における糖の取り込み能と利用効率の最適化は様々な重症心疾患の特に急性期治療において重要な鍵となりうるわけです。このように私たちは<心不全は代謝病である>という概念を念頭に、臨床的視点に立って各研究プロジェクトを進めています。
不全心において活性化されている種々の神経体液性因子の中でも、特にコルチコステロイドに着目し、その局所における産生・分泌メカニズムや、細胞内外の電解質制御、あるいは心筋細胞・心組織全体の機能や代謝に対する影響を追究しています。また、病的状態にある心臓への貴重なエネルギー基質供給路と考えられるナトリウム/糖共輸送体(SGLT)にも注目し、その発現制御と病態生理学的機能に関しても検討を進めています。さらに、「内分泌臓器」心臓から分泌されるナトリウム利尿ペプチドを介した臓器間ネットワークの心不全における病態生理学的意義と治療応用についても研究しています。
各種細胞を用いたin vitro実験、Langendorff摘出心灌流装置を用いたex vivo実験を稼働させ、高感度プレートリーダー他、各種分子生物学的手法を駆使すると同時に、心臓内分泌代謝研究に必要な様々なmethodologyを新たに確立しています。また、病理学教室や細胞生理学教室などを中心とした複数の研究室のサポートのもと、幅広い視点から各プロジェクトにアプローチしています。加えて、心カテーテル検査を含めた各種臨床データベースを神経体液性因子制御機構の観点から解析し、bedsideとbenchの垣根を越えた当科独自のユニークな研究も行っています。これらを通じ、内分泌臓器としての心臓を包括的に捉えることで、重症心疾患の病態生理の真髄に迫る研究を展開しています。